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2010年8月12日 (木)

モラル崩壊の起点

約半世紀前の出来事から話し始めることにする。モラルが何かって言うことのお手本は示せませんが、「日本のこれから」を考えるためには現代日本のモラルの崩壊の始まりについて起点を決めておく必要が有ると考えるからだ。これは人それぞれの時代背景によって異なるものだが。

 昭和30年頃のある日、近所の家の自転車が無くなったという事件が起きた。いまの世相では些細なことと感じるかも知れないが、当時の日本は殆ど平屋で隣地の塀は竹組や木板で低く、犬猫は行き交い、夫婦喧嘩の声は聞こえても殺人事件なんて聞いたことがない。こんな事が事件だった、何しろ自転車は今の自家用車相当だったので。
 近所の下宿人の大学生が、1キロ先の風呂屋に行くのに無断で使用したというのが事の顛末だったが、これを夕食時家族が話題にしていた。私はまだ十位だったが、人の自転車を無断で乗れることに驚きを覚え何かが、がらがら崩れて行く想いがした。
 他人の自転車を勝手に乗ってしまう行為は罪としては軽微であるかも知れないが、持ち主の困惑や、有るかも知れない持ち主の予定や用事を、忖度できないことに落胆を禁じ得なかった。
 昭和のモラルの崩壊は個人的にこの事件を起点とする。まだ地平線は透明なブルーにかすみ、晴れた日は家々の間から富士山を遠く望む事ができた、東京オリンピック前の当時の日本、ようやく敗戦から立ち直り貧しくも活気に満ちてきていた。
 大人達は笑って許してはいけなかったのかも知れない。乗り捨てによる放置自転車の、今の日本の現状を鑑みれば。


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